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AFC女子アジアカップ2010中国 鮫島彩スペシャルレポート

 2010年5月。日本女子サッカー代表“なでしこジャパン”がアジアカップの激闘をくぐり抜け、2011年にドイツで開かれる女子ワールドカップへの出場権を勝ち取った。
 なでしこジャパンがこの大会に掲げたテーマは2つあった。1つはワールドカップ出場権を得ること。もう1つは、あの北京五輪で世界ベスト4を経験したメンバーに新たな戦力を融合させ、再び「戦う集団」を作り上げることだった。2011年モードの新生なでしこジャパンを担う戦力に指名された一人が、鮫島彩だ。

「北京を経験したメンバーと同じピッチで、日の丸を背負って戦うことに、やりがいと責任を感じています」
 なでしこジャパンに初選出された2年前(2008年)は、いかにも新人らしく、がむしゃらにプレーすることで精一杯だった。しかし今回はレギュラーとして、チームを勝たせる力になることを求められている。鮫島はそのことをはっきりと自覚していた。
「2年前とは立場が違いますから。周りに頼るだけじゃなく、頼られる選手にならないといけない」
 決意を胸に秘め、鮫島は大会初戦のミャンマー戦に左MFとして先発のピッチに立った。チームは前半で3得点。内容面でもミャンマーを圧倒した。
 そのハーフタイム、鮫島は大会前の決意を思い返した。
「無難に試合を終えればいい、というわけではない。頼られる選手になるために、私はここにいる」
 冷静に自分のプレーを振り返り、ふとある光景を思い出した。
「マリーゼで、菅野監督に言われた言葉が蘇ったんです。『クロスだけが仕事じゃない。ゴールへの意識を高く持て』って」
 ラストパスの技術に自信を持つ選手ほど陥りやすい行為がある。攻め込んだ位置でボールを受けた瞬間、シュートコースを探すよりも先に、仲間のポジショニングを観察してしまうことだ。
「前半を振り返って『私、そういえば、中(ペナルティエリア内に走り込む選手)ばかり見ていた』って気づいたんです。後半は自分でシュートを打とう、ゴールへの意識を高く持とうと意識しました」
 なでしこジャパンが世界で戦うためには、一人一人が今、成長しなくてはならない。  鮫島は、心のスイッチを押した。

 後半5分。心は早くもプレーになって表れた。味方とのワンツーで左サイドを突破すると、真っ先にゴールの位置を視界に捉えた。角度は狭い。でも、ゴールの一角が空いている。
「打っちゃえ! って感じでした」
 思い切って右足を振り抜くと、ボールはゴールネットを揺らした。難度の高いこの鮫島のゴールは、単なる追加点ではない。相手の戦意を一気に消失させるトドメの一発だった。

 
鮫島彩
鮫島彩
 

 2日後のタイ戦で休息を与えられると、第3戦の北朝鮮戦も温存されベンチスタート。だが、FIFA(国際サッカー連盟)ランク5位でなでしこに並ぶ強豪と戦えるこの絶好の機会に、鮫島は「出たい、と思いながら試合を見ていました」という。ゲームが終盤に差し掛かり、相手がエース級をピッチに送り込むと、日本は鮫島を投入した。第1戦とはポジションを替え、左サイドバックとして猛攻をしのぐ役割を与えられた。だが、なでしこジャパンはその後1失点。直接の原因ではないものの、鮫島は自分が投入された後に失点したことを悔やんだ。
「2つのポジションをこなさなくてはいけないのは、難しい」
 ポジションが変われば、求められる役割も変わる。DFとMF、2つのポジションに求められる責任を、試合ごとに果たさなければならないことに苦悩を感じた。

 準決勝のオーストラリア戦は、勝てばワールドカップ出場が決まる大事な一戦だ。鮫島は再び左MFとして先発したものの、不発に終わった。相手のロングボール攻撃にさらされると、MF勢のポジショニングはズルズルと後退した。そのためDF陣がボールを奪い返しても、反撃の起点となるべきサイドMFの鮫島は有効なパスを引き出すことができずにいた。なでしこジャパンが後手に回ってしまったのは、相手の圧力を受けた時、圧力を掛け返す勇気を出せなかったことが原因といえる。結局、相手にとって危険なゾーンに走り込むドリブルやフリーランニングといった鮫島の持ち味を、発揮できぬままに試合は終わってしまう。
「負けたことが悔しい。裏を狙うという自分の武器を発揮できなかったことが悔しい」
 試合終了直後のインタビューゾーンで、鮫島は唇を噛んだ。チームは、残り1つとなった世界への切符を賭け、地元中国との戦いを強いられることとなった。

 崖っぷちに追い込まれたなでしこジャパン。しかし、北京を経験した指揮官、先輩たちの言葉が、鮫島をはじめとした新戦力を奮い立たせる。
「勝ちたいと思うだけでは足りない。持てる力をすべて目の前の相手にぶつけよう」
 そして鮫島は再び思い出す。自分は「頼られる戦力となるためにここにいる」ということを。
「ポジションごとの理屈を考える前に、もっと大事なことがある。それは、相手にボールを奪われないこと。相手のボールを奪うこと。相手のゴールに迫ること。100%の力で、それをやり抜いてみせる」
 鮫島が第2のスイッチを、押した。

 運命の中国戦。左サイドバックで先発した鮫島は、相手攻撃陣のパスをことごとくインターセプトし、前に出た勢いを削ぐことなく、そのままドリブルでハーフラインを越え、ゴールに向かった。距離のある位置からでも、チャンスと見れば積極的にシュートを放った。フル出場した鮫島は、日本がワールドカップ行きを決めるホイッスルを、ピッチの上で聞いた。
 試合後、鮫島がインタビューゾーンに現れた。柔和な表情を浮かべながらも、その目は鋭く先を見据えていた。
「次は『世界』が舞台。そして、この大会で得たものを、マリーゼですべて出していきたい。目の前の相手との戦いに勝つために、チームを勝たせるために、すべてのプレーを高めていきたいです」

 3位決定戦という追い込まれた状況にあっても、諦めず、全力を出し切って勝利したなでしこジャパン。彼女たちの強さは、そのひたむきさに凝縮されているのだ。
 なでしこジャパンの佐々木監督は、大会に臨む前にこんなことを語っていた。
「ひたむきさとは、苦難に耐えることではありません。『できる』と信じる心のことを言うのです」と。
 オーストラリア戦で打ちひしがれてもなお、「できる」と信じてつかんだ世界への切符。そんなかけがえのない財産を手に入れて、鮫島彩がマリーゼに帰ってきた。

(2010年6月10日)

 
鮫島彩
鮫島彩
鮫島彩(さめしま あや)
1987年、栃木県宇都宮市出身。小学生の頃からサッカーを始め、河内SCジュベニール、常盤木学園と進み、2006年に東京電力女子サッカー部マリーゼに入団。2007年には2部リーグMVP獲得、2008年からはなでしこジャパンに招集され、マリーゼが誇る日本屈指のサイドアタッカーとして活躍している。AFC女子アジアカップ2010中国では4試合に出場し1得点を記録。
 
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